Chapter 9
プリューシュにつめる想いは
晶: (確かに、持って帰るか持って帰らないかは個人の自由だし、お店に寄贈するのがリケの希望なら……)
リケに何か声をかけたいと思うけれど、上手く言葉が出てこなかった。
リケ: うーん、やっぱりうまくいかないな。
また縫い目をほどき始めたリケは、肩に力が入っているように見えた。
生地を選んでいたときは、戸惑いながらもきらきらと輝いていた瞳が、今は焦っているようにも見える。
晶: (やっぱり何か言ってあげたいな。でも、なんて声をかけたらいいんだろう)
そのとき、リケの様子に気づいたのかマーティンが傍へやって来た。
マーティン: 助けが必要? 困ってる?
リケ: !
戸惑った様子でマーティンを見上げたリケは、悲しさと悔しさが滲む声で答えた。
リケ: はい……。
リケ: 僕のくまは、みんなの見本となるようにお店に寄贈したいんです。
リケ: でも、全然上手くできなくて……。
リケ: こんな出来じゃ、とても見本としては置いておけないですよね。
リケ: この子はきっと、皆の手本になるように生まれてきたいはずなのに……。
ファウスト・フィガロ: ……。
マーティン: ……そっか。リケはこの子のことと、未来のお客さんのことまで、考えてくれてるんだね。
何かを考える表情になったマーティンは、一度、店の奥へと向かう。
戻ってきた彼は、ひとつのくまのぬいぐるみを抱えていた。
リケ: その子は……。
そのくまは、このお店に並んでいるくまと、雰囲気が違った。
年季を感じる、表面の毛羽立ち。
耳や体、足の布はすべて違う柄で、くまの耳の形も、少しサイズが不恰好だ。
そして、左右の目の高さや、鼻の位置も微妙にずれている。でも、その独特な顔立ちがとても愛らしい。
そして、手足の先までしっかりと詰められている綿からは、長い間大切にされてきたことが窺えた。
晶: もしかして、その子って……?
マーティン: うん、俺が初めて作ったくまのぬいぐるみだよ!
得意げに笑ったマーティンは、リケの前に、ちょこんとその子を置いた。
マーティン: 俺は今でも、この子を店に飾ってるんだ。この子のことを、お客さんにも紹介したくてね。
リケ: …………。
言葉に迷うようにリケは言いよどむ。でも、マーティンには彼の言いたいことが伝わったようだった。
マーティン: このくまもね、人によっては『不恰好』に見えるかもしれない。『お手本』じゃないかもしれない。
マーティン: でも、そんなの俺には関係ない!だって――。
マーティン: 俺にとってこの子は、そこにいてくれるだけでいいんだから。
リケ: …………。
リケ: そこにいてくれるだけで……?
マーティン: ……リケ。少しだけ、俺の昔話を聞いてくれる?
きっと、いつものリケなら『もちろん』と即答していただろう。
しかし、いつの間にかお店は夕焼けの色に包まれていて、リケはパッとホワイトの方を見た。
リケ: ホワイト様、絵に入るお時間が……。
ホワイト: ほほほ。そなたは本当に良い子じゃのう。
ホワイトは不安げな顔をするリケの頭を、優しく撫で、柔らかく目を細める。
ホワイト: しかし、良い子でいすぎる必要はないぞ。
ホワイト: 心配は無用じゃ。ここにはミスラもおる。必要とあらばスノウを呼べば良い。
ホワイト: 何も気にせず、そなたは今という時間を、存分に味わえば良いのじゃ。
ホワイト: ……そうであろう、ミスラ?
ミスラ: はあ。移動魔法をぱぱっと使えるのは、俺くらいですからね。
カイン: もしあれなら、近くで宿を探してみてもいいしな。
クロエ: いいね、ぬいぐるみと一緒にパジャマパーティも楽しそう!
カインの提案に乗る形で、クロエが明るい声を上げる。
そんなクロエにつられて、テーブルの周りには笑顔が広がっていった。
晶: リケ。私も、マーティンの話を聞いてみたいです。
晶: それから、あなたの納得がいくまで、このくまちゃんを作る時間を、過ごしてほしいです。
リケ: 賢者様……。
リケ: ありがとうございます。
その空気に後押しされたように、リケも小さく息を吸い込む。
リケ: 僕も、あなたの話が聞きたいです。マーティン。
了解のしるしににこりと微笑んだマーティンは、彼の子供の頃の出来事を話し始めた。
マーティン: ――俺の家は、貧しくてね。
マーティン: お店で買うぬいぐるみなんて、目ん玉が飛び出るくらいの高級品だったんだよ。
マーティン: 子供のときなんか、着てる服もボロボロだから、お店にも入れやしないんだ。
マーティン: ただ窓越しに、ぬいぐるみたちを眺めることしかできなかった。
マーティン: それなのに、気づいたらどこにいても、あの可愛くてたまらないぬいぐるみのことばっかり思い出しちゃって……!
マーティン: 俺の隣にいてくれたら、どれだけ幸せだろうって。そんなことばかり考えてたな。
ラスティカ: ご両親に、ぬいぐるみが欲しいと言ってみたことはあるの?
マーティン: 話したけど、笑われちゃったよ。
マーティン: ばか言ってんじゃないよ。ぬいぐるみが欲しいだって?
マーティン: 食いものをとってきたり、面白い話をするわけでもない。
マーティン: 役にたたずに、そこにいるだけ。
マーティン: そんなこと言ってる暇があったら、少しでも金を稼いできな……ってね。
リケ: ……。
クロエ: ……そんなふうに言われるのは、悲しいよね。
ラスティカ: うん。話を聞いてるだけで、胸が痛むよ。
マーティン: ありがとう、二人とも。当時の俺も、悲しかったし、悔しかったよ。
マーティン: だから俺はね……。結局、家を飛び出しちゃった!それで、気がついたら自分の店を開いてた!
リケ・晶: えっ?
マーティン: だって、俺は俺の『好き』を諦めたくなかったもんね。
マーティン: 役に立つかどうかなんて、知らない!というか関係ない!
マーティン: 誰の役に立たなくても、俺のそばにいてほしい。
マーティン: そう願ったから、この子はこの世界に生まれてきたんだ。
マーティン: そう願ってもらうために、俺はこの店のぬいぐるみたちのことも作ってきたんだよ。
話している間、マーティンはずっと笑顔だったけれど――。
その笑顔を浮かべるまで、どれだけの苦労や、涙を超えてきたんだろう。
晶: (お店を出すなんて並大抵のことじゃないし、きっと辛いこともあったはずなのに)
身近な人の反対を受けながらも、自分の『好き』に向き合ったマーティンはとても、眩しく見える。
リケ: ……。
きっとそう思っているのは、私だけじゃない。
マーティンは、リケが手に持ったままのぬいぐるみの頭を、ポンと撫でた。
マーティン: リケ。俺の言ったお手本は、そういうことじゃなくてね。なんて言うのかな……。
マーティン: うーん。うまく言えないのがもどかしいんだけど!ただ、これだけは言わせて。
マーティン: リケが作ったこの子の目が、左右対称かどうかなんて、ぜんぜん関係ない。
マーティン: だって、俺たちだって見てよ。右目が左目よりちょっと小さかったり、大きかったりするだろ?
リケ: ……っ。
マーティンの言葉を聞いて、リケは今初めてその事実に気づいたかのように、みんなの顔を見回す。
クロエ・ラスティカ: ……。
カイン・ホワイト・ミスラ: ……。
ファウスト・フィガロ・晶: ……。
左右対称。完全無欠。完璧なバランス。
そんなものを握りしめて、私たちは誰ひとり、生まれてこない。
ただ私たちは私たちのまま、この世界で生きている。
マーティン: だからね、リケ。この子の目をつけるときは……。
マーティン: 『この子の、この顔が好きだな』って思ったその瞬間に、最後の糸を縫い付けてほしいんだ。
マーティン: きっと、その顔を見せるために、この子は今日、生まれてきたんだよ。
リケ: …………。
微かに俯いたリケは、マーティンが語った言葉をゆっくりと噛みしめているみたいだった。
その横顔を、窓から差し込む夕陽が赤く染めていく。
リケ: ……わかりました。
リケ: 僕、もう一度……やってみたいです。
笑顔でみんなを見回したリケは、力強く針を持ち直す。
そしてひと針ひと針、丁寧に縫い始めた。