Chapter 8
プリューシュにつめる想いは
ファウスト: ……リケは皆の手本となって、皆を導いていける自分と、友人のように親しい愛情を注げる自分。
ファウスト: その二つで、迷っているように見えます。
フィガロ: そうだね。
フィガロ: あの子は閉鎖的な教団に、神の使徒として、育てられてきた。お利口で理想的な魔法使いのお手本になるように。
フィガロ: それはいつしか、リケ自身の喜びとなった。彼自身も優等生の振る舞いを誉められたら嬉しいんだ。
フィガロ: だから、お手本となるくまを作りたい。すごいねも、完璧だねも、優秀だねも、あなたのようになりたいも嬉しい。
ファウスト: ……はい。
フィガロ: その一方で、誰に褒められなくても、大切なものを自分の手元に置いて、愛情を目一杯そそぎたいという気持ちもある。
フィガロ: 栄光や賞賛を得られなくてもいい。好きなだけそばにいて、たくさん撫でて、微笑みかけて、寂しい夜には抱きしめて眠る。
フィガロ: どちらもリケだよ。どちらもリケが望んでいいことだ。
ファウスト: …………。
フィガロ: 俺もね、ずっと、長い間、どちらかしか選んではいけないような気がしていた。
フィガロ: どちらかを選んだら、どちらかが壊れてしまうような……。だからこそ、リケにはこう言ってやりたい。
フィガロ: 見本にするのもいいんじゃない。でも、やっぱり、寂しくなったら、もう一度、この店まで迎えに来よう。
フィガロ: 連れて帰ってもいいんじゃない?でも、やっぱり、自慢したくなったら、ここに飾ってもらいに来ようね。
フィガロ: どっちを選んでもいい。誰かの犠牲になるわけじゃなく、リケ自身が望んでることなら。
フィガロ: 理想を目指すことも、自分らしくあることも、リケは自由に選んでいい。迷って、やり直してもいいんだよって。
フィガロ: (……いつか、ミチルにも、同じように言ってあげられたらいいんだけれど)
ファウスト: ……フィガロ様……。
フィガロ: …………。……きみにも、そう言ってあげるべきだった。
フィガロ: 俺の弟子ならこのくらいしなさい、世界を変えるならこのくらい……、とかじゃなくてさ。
フィガロ: それがきみのくまの話だ。
ファウスト: 僕のくま? 先ほどの?
フィガロ: そう。敬語で話すべきも、普通に話すべきもない。
フィガロ: 昔のように俺を尊敬したっていいし、再会したての時みたいに軽蔑したっていい。
フィガロ: あることを試して、手触りを感じて、しっくりこなかったら、何度だって、やりなおしていいんだ。自分を縛らないで。
フィガロ: やり直しが許されて、迷う時間すらも楽しめる。それこそが、自由なんだからさ。
ファウスト: ……あなたのくまは?自由を楽しめてるか?
フィガロ: どうかな。時間切れを怖がりながら、ハッピーエンドを探してる最中だよ。
休憩時間を経て、私たちは再び作業を始めた。
少し工程が難しいところでも、マーティンがすぐにフォローしてくれるからありがたい。
さらにマーティンではなく、別の人に助けを求める人も現れた。
ミスラ: あなた、こういうの得意でしょう。やってくださいよ。
ミスラはドクロ柄のくまのぬいぐるみとドクロ型のボタンを、クロエの前に無造作に置いた。
ミスラ: 糸がどこかに行ったので、面倒になりました。
クロエ: え?糸は、そこにたくさん置いてあるよ……?
晶: あ、もしかして、針に通すのが面倒になったってことですか?
ミスラ: まあ、そうですね。
クロエ: それなら、俺が針に糸を通してあげるよ。
ミスラ: その後もお願いします。このボタン、あなたがつけてくださいよ。
クロエ: えっ! いいの?すごく大事な工程なんだよ?
ミスラ: はい、任せます。
クロエ: わ〜!ミスラに任せてもらっちゃった!
ラスティカ: よかったね、クロエ。
クロエ: えへへ。俺、頑張るね!
晶: (私は、ここまで頑張ってきたしな。最後までもうちょっとだし、ひとりでやりとげよう)
カイン: ん? ここ、針が通りづらいな。
カイン: もうちょっと縫い目を大きくすればいけるか……?
ホワイト: ああっ! 綿が飛び出しちゃう!なんとか引っ込められぬかのう……。
他のみんなも、最後の仕上げをまえに奮闘中の様子だ。
でもその中で、ファウストの右手は迷うことなく、すいすいと動き続けていた。
晶: (針を刺す手つきに迷いがないな。それに、縫い目もすごくきれい……)
滑らかに動く指先に見惚れていると、ファウストがふいに顔をあげた。
ファウスト: ……どうした? 賢者。
晶: はっ! すみません!つい見入っちゃって。
ファウスト: いや、謝らなくていい。何か気になることでもあったのかと思っただけだ。
晶: 気になるというか、ファウストは縫い物が上手だなって思って。
ファウスト: ああ……まあ、そうかもしれない。針仕事に慣れていないわけじゃないからな。
晶: そうか。そういえばファウストは、自分の服も手作りでしたね。
ファウスト: まあな。といっても、そう頻繁に作っているわけではないが。
ファウスト: やってみたら、自然と手が動くものだな。
フィガロ: 身体が覚えてるってやつだね。その感覚はわかる気がするな。
晶: フィガロも針仕事は得意なんですか?
フィガロ: うーん。針仕事っていうか、魔法が得意だよね。
フィガロ: 南の国ではひとり暮らしだったから、ある程度はできるつもりだよ。
フィガロ: だけど、俺のぬいぐるみも、ファウストにボタンをつけてもらった方が喜びそうかも。お願いしちゃおうかな。
ファウスト: 何を言っているんだ。そんなはずがないだろう。
フィガロ: え?
ファウスト: あなたの子なんだ。責任を持った方がいい。
フィガロ: 怖い言い方するね。
ファウスト: きっとこの子も、あなたの手で、この世界を見せてほしいはずだよ。
フィガロ: ……。
フィガロ: そう思う?
ファウスト: ええ。
フィガロ: じゃあ、もう少し頑張ってみようかな。
フィガロとファウストが、もう一度それぞれのぬいぐるみに視線を戻す。
私も改めて、自分の手の中にいるぬいぐるみを見つめた。
晶: (私も、この子を喜ばせてあげたいな)
ひとつ深呼吸をして、針を持ち上げて。
晶: (よし! いざ!)
どきどきしながら、最後のひと針を丁寧に縫い付ける。
玉留めをして、余った糸をハサミで切れば――。
くまのぬいぐるみの目と、私の目が、ぱちりと合った。
晶: (わあ……!)
生まれた。世界にひとつだけの、私のくまちゃん。
私に向かって、笑いかけてくれている。私には、そう見える。
晶: (できた! 可愛い〜!!)
思わず叫び出したい気持ちをおさえて、私はぬいぐるみを抱きしめた。
サクちゃんも私を真似するように、ぬいぐるみに顔を近づける。
晶: (リケのぬいぐるみも、そろそろ完成したかな)
隣を見ると、リケはまだ作業中だった。
リケ: うーん……。
リケ: ここを、こうして……。
リケ: っ。また駄目だ……。
一度ボタンを縫い付けていたのに、納得がいかないのか、糸をほどいて付け直そうとしている。
そうして左目を縫い付けても今度は右目を外してしまう。
左右の目の位置を見比べたリケは、眉を寄せて、何度も首を傾げていた。
晶: どうかしましたか、リケ?
そっと尋ねてみると、リケは自分のくまを見つめたまま、しょんぼりと肩を落とした。
リケ: 左目と右目が、なかなか左右対称にならないんです。
リケ: 綺麗に付けてあげたいのに、難しいです。
カイン: ん?そこまで完璧にこだわらなくてもいいんじゃないか?
カイン: 俺のくまの目だって、左右対称かって言われたらちょっと違うぞ?
カイン: けど、これはこれで、愛嬌があって可愛いだろ。
そう言って、カインは自分のぬいぐるみの頬をちょんとつついてみせる。
でも、リケは頑なに首を横に振った。
リケ: カインのぬいぐるみは、カインが持って帰るんでしょう?
リケ: それなら、カインの好きにしていいと思います。
リケ: でも僕のぬいぐるみは、お店に寄贈するから……。
リケ: お客さんたちの、良き手本にしてあげたいんです。
カイン・晶: えっ?
晶: リケ、その子のこと、持って帰らないんですか?
リケ: はい。
リケ: そのほうが、この子はたくさんの人のお役に立てるでしょう?
リケ: この子も……。きっと、そう願っているはず。
答えるリケの視線は、相変わらず手元のくまに注がれている。
ぬいぐるみを持つ手は優しいのに、その表情はどこか、苦しそうにも見えた。
カイン・晶: ……。
思わずカインと顔を見合わせた。