Chapter 10
プリューシュにつめる想いは
リケ: ……。
今のリケが、ぬいぐるみに向けている眼差しは、さっきみたいな焦りじゃない。
輝きだ。
自分の両手の中にある小さな瞳に、自分を映してくれる一瞬を待ち侘びる――。
『あなたに会いたい』という、純粋なきらめき。
リケ: ……っ!
リケ: ……できた。
リケ: できた、できました!
針を置いたリケは、自分の顔の高さまでぬいぐるみを掲げてみせた。
世界でひとつだけのぬいぐるみと、リケが見つめ合う。
リケ: 皆さん、見てください!
カイン・ホワイト: おお~!
クロエ・ラスティカ: 可愛い〜!
ミスラ: 待ちくたびれましたよ。
みんなから、歓声が上がる。
高々と持ち上げられたくまは、窓から差し込む陽の光と室内の明かりを受けて、輝いて見えた。
晶: 最高に可愛いです! リケ!
フィガロ: この子もきっと、喜んでいるね。
ファウスト: ああ。この子はこの世界を、どんな目で見ていくんだろうな。
そのとき、くまのボタンの目がきらりと光る。
夕陽を、この世界の光を映して。
近づきつつある、夜を映して。
この世界を知っていきたい。そう、瞳で語っているように――。
完全に陽が落ちる前に、無事、全員のぬいぐるみが完成した。
マーティン: いやあ、今日は本当にありがとう!みんな!
マーティン: みんなのおかげで、お客さんがつまずきそうなポイントとか、すごくイメージできたよ。
ラスティカ: こちらこそ。僕たちも、あっという間の時間でした。
クロエ: ほんとほんと〜〜〜!物づくりって、やっぱり最高だなって、改めて思ったよ。
フィガロ: 俺にとっては、新鮮な体験だったかな。
フィガロ: 幼少期に、こういうものをそばに置くことはあまりなかったしね。
ファウスト: 僕もそうだ。
ファウスト: 子供の頃は、布でできた玩具を気軽に持てるような時代ではなかった。
晶: (! そうか……)
晶: (私のいた世界では『ぬいぐるみ』って身近な存在だったけど……)
晶: (考えてみれば、そもそも子供時代に、ぬいぐるみと触れる機会がなかった人も多いんだ)
フィガロは自分のぬいぐるみをちょんとつつきながら、興味深そうにその子を眺めていた。
フィガロ: ……まあ。大人になったからって、子供時代にできなかったことを諦める必要なんてないしね。
フィガロ: 双子先生だって、何千年も生きた今も、現役バリバリで人形遊びしてるわけだし。
ホワイト: うんうん!年齢なんて気にする必要ないもんね!
リケ: マーティン。僕からも、お礼を伝えさせてください。
リケ: 今日は、あなたのお手伝いをさせてくれて、ありがとうございました!
リケはさっきから、できたばかりのぬいぐるみを両手で抱きしめたままだ。
そこにいるのを確かめるように、何度も見ては、口元がほころんでいる。
マーティン: どういたしまして。俺の方こそ、リケには何度お礼を伝えても伝えきれないよ。
マーティン: 俺は、きみのおかげで改めて、職人になりたかった初心を、自分の言葉にできたんだ。
マーティン: ぬいぐるみ作りに悩んでいたきみが、今この瞬間の気持ちを教えてくれたからだよ。本当に、ありがとう!
リケ: マーティン……。
マーティン: どうかな、リケ。最後に、ぬいぐるみを作った感想を、聞かせてもらってもいい?
リケ: はい!
リケ: この子には僕の……。僕が見つけた『好き』を、めいっぱい、詰め込みました。
リケ: ほかほかのオムレツや、あまいプリンみたいな色。
リケ: 僕の言葉に、やさしく耳を傾けてくれる耳。
リケ: 僕と一緒に、絵本を読んだり、いろんな景色を見てくれる瞳。
リケ: 僕をぎゅっと、抱きしめてくれる柔らかい手。
晶: (リケ……)
そのひとつひとつを、私は知っている。
リケの隣で、見てきたから。
賢者として。彼の友人として。
マーティン: ……うん、そうだね。その子は世界にたったひとつの、リケだけのぬいぐるみだもんね。
マーティンが笑う。リケに注いでいた柔らかな視線を、今度は私たちみんなに向けた。
マーティン: じゃあお見送りの前に、確認させて。
マーティン: 完成したぬいぐるみを持って帰りたい人は、手をあげて!
クロエ・ラスティカ: はい!
カイン・ホワイト: はい!
フィガロ: 俺も、持って帰るよ。
ファウスト: 僕もそうする。
ミスラ: 俺も、持ち帰ります。
フィガロとファウストに続いてミスラが返事をすると、ホワイトがぱちぱちと目を瞬いた。
ホワイト: あれっ、ミスラちゃんも持って帰るの?意外〜!
ミスラ: なんとなく、手触りがいい感じなので。
ミスラ: このくまがいたら、今夜は眠れるかもしれません。
ミスラ: あとで付き合ってくださいね。賢者様。
晶: はい、わかりました!
マーティン: 賢者様はどうする?
晶: 私も持って帰ります。大切にしますね、マーティン。
マーティン: うん! たくさん可愛がってあげて。
私に笑いかけたマーティンは、最後にリケの方を見る。
リケ: ……。
まだ返事をしていないのは、リケだけだった。
リケ: 僕は……。
リケ: この子を……。
リケは、口を開いて、また閉じる。
言いたいことはあるはずなのに、その先の言葉が出てこないのか、きゅっと唇を噛む。
そんな彼に、声をかけたのは――。
フィガロ: リケ。
フィガロ: きみがどうしたいかで決めていいんだよ。誰も、きみを急かしたりしないから。
リケ: フィガロ……。
ファウストも一歩、リケの隣に近づき、静かに語りかける。
ファウスト: すぐに答えが出なくても構わない。きみの心にあることを、その子に伝えてやればいい。
晶: 私たちは、リケのそばにいますからね。
リケ: ……っ。
胸を突かれた様子で、リケはぬいぐるみを見た。
そして、私たちを見た。
リケ: ……。
リケ: (僕は……)
リケが、深く息を吸う音が聞こえた。
そして、自分のぬいぐるみの頭を、愛おしそうに撫で――。
リケ: 僕の隣に、いてください。
リケの瞳が潤む。心の奥底から、湧き出たように。
部屋の空気がしんと静かになったその時――。
???: 僕も、リケのそばにいたいよお。
リケ: !
無理に作ったような、高い声。どこか聞き覚えのあるその声に、張り詰めていた空気が一気に緩む。
リケ: もうっ、カイン!
泣き笑いの笑顔で、リケが突っ込む。照れくさそうに、カインが笑う。
カイン: あはは、バレたか。
カイン: こいつもリケに一言、言ってやりそうだったからさ。
兄のような瞳が、リケを見つめる。
和やかで、あたたかな空気が、みんなの間に流れていく。
リケ: マーティン。この子のことは、魔法舎に持ち帰らせてください。
リケ: ずっと、大切にします。
揺るぎない声で宣言したリケへ、マーティンは嬉しそうに笑った。
マーティン: うん!ずっと、きみのそばに置いてあげてね。
リケ: はい!
元気よく返事をしたリケは、くまのぬいぐるみを持ち上げ直して、ぎゅっと抱きしめる。
あたたかく。でも、力強く。
その抱きしめる強さもきっと――。彼が魔法舎で、外の世界で、見つけたもの。
いまの彼には、ありのままの自分を抱きしめてくれる人がいる。
そばにいてほしいと願う、友達がいる。
そばにいたいと願う、新しい自分がいる。
そのすべてを抱きしめて、生きていたい。
この広い世界で――。
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