Chapter 6
プリューシュにつめる想いは
ふと周りをみると、フィガロやファウスト、カインたちが、それぞれのタイミングで、リケのことを見ているのがわかった。
でも誰も、あえて彼に、声をかけようとしない。
みんなでリケをひっそりと見守っている――。そんな優しい時間が流れてゆく。
見守られている空気をリケに気づかせないようにするためなのか、フィガロがさりげなく口を開いた。
フィガロ: 自分のためって言われると、かえって難しいよね。
フィガロ: いつもは、診療所で邪魔にならないかとか、子供たちが怖がらないかとか。そういう方から考えちゃうから。
ファウスト: 選ぶ理由を探してしまう、という意味なら、わからなくはない。
晶: ファウストもフィガロも、周りを大切にしてくれる人ですもんね。
私の答えに、フィガロとファウストはきょとんとした顔をした。
すぐに二人ともが、優しい笑顔を浮かべる。
ファウスト: そっくりそのまま、返させてもらおう。
フィガロ: 周りを大切にしているのは、きみのほうだよ。賢者様。
晶: えっ、私がですか?
フィガロ: そうさ。きみも人の様子を見るのが上手すぎて、自分のことが後回しになるたちじゃない。
ファウスト: 褒めているのか、注意しているのか、どちらです。
フィガロ: もちろん、どっちも。名医らしい診断でしょ?
ファウスト: …………。
フィガロ: あれ、引っかかるところあった?きみだって死にかけたところ、俺の治療で治っちゃったくせに?
ファウスト: ……。
ファウスト: 賢者。こちら、名医のフィガロ先生。
フィガロ: 命の恩人。
ファウスト: 命の恩人の。
晶: あはは。
思い返せば、すごくふしぎだ。この二人と、こんなふうに笑い合ってるなんて。
この世界に来たばかりのダンスパーティで、私を誘ってきたフィガロ。
この世界に来たばかりの魔法舎で、死にかけていたファウスト。
そしてこの二人には、私の知らないほどの長さと、濃さの年月がある。
目も合わせようとしていなかった二人と、こうやって笑い合えているのは紛れもなく、この世界で重ねた月日のおかげだ。
……そうしていると、ふと、テーブルの端にあったとある生地が、視界に飛び込んできた。
晶: (あの生地……)
私は思わず、その生地を手に取った。胸の奥が、とくんとときめく。
晶: 私は……これにしようかな。
フィガロ: いいね。深い夜の色だ。
ファウスト: ……よく見ると、真っ黒じゃないな。淡く光っている。
ファウスト: 虹色の糸が編み込まれているのか。
カイン: それ、花かけらの波みたいだな。
私の後ろ側にいたカインが、ひょいと布を覗き込んだ。
晶: えっ、わかりますか?嬉しいです!
晶: 私もこの生地を見て、真っ先にそう思いました。
晶: この世界に来たときに、見た景色……。
晶: カインやムルたちと初めて空を飛んだ、あの忘れられない景色みたいだなって。
ホワイト: そういえば、賢者はカインたちに連れられて魔法舎にやってきたのじゃったな。
ファウスト: そしてすぐに僕を助けてくれた。
ミスラ: あなた、箒で来たんですか?俺なら空間の扉で来れるのに。
晶: あはは。あのときはまだ、ミスラに出会ってませんでしたから。
いつの間にか、みんなが私の選んだ生地を見にやってきていた。
私の隣で生地選びに悩んでいたリケも、私の選んだ生地に、視線を注ぐ。
リケ: これが、賢者様の選んだ生地……。
リケ: とても美しいです。これがあなたの選んだ『好き』、なんですね。
晶: はい。
私は、改めてみんなを見回す。
花かけらの波をくぐり抜けて、出会った友人たちを。
晶: 私……皆さんと初めて会った時から、たくさんの思い出が増えました。
晶: 思い出はこれからも増えていくけど、最初の日の記憶も、色あせずに、はっきりと覚えていたいんです。
晶: 皆さんと過ごした日々が、大好きだから。なので、これにしようと思います!
まっすぐな言葉が、自然と口からあふれ出た。
少し照れくさくなったけれど、すぐにみんなが、とびきりの笑顔を向けてくれる。
カイン: あはは! やっぱりあんたは最高だよ、晶!
クロエ: ほんとほんと!俺たちのこと賢者様の『好き』に入れてもらえるなんて、嬉しすぎる!
ラスティカ: やはりあなたは、僕の花嫁――。
ホワイト: ちょっ、ストップストップ!
また賑やかになる空気のなかで、ファウストはまだ、目の前の布を眺めていた。
ファウスト: (色あせずに、覚えていたい。か……)
ファウスト: ……。
ファウスト: 僕は、これにしよう。
生地の山へ手を伸ばした彼が選んだのは、生成り色の布だった。
ミスラ: あなた、呪い屋でしょ?もっと不気味な色にしないんですか。
ファウスト: !
ふらりと傍へやってきたミスラに突っ込まれ、ファウストは目を見開く。
でもすぐに目を伏せると、生成り色の生地にそっと触れた。
ファウスト: ……それは一理あるが、シンプルに、手触りが気に入ったんだ。
晶: ファウスト。私も触ってみていいですか?
ファウスト: ああ。もちろん。
ファウストの選んだ生地に触れてみると、さらりとした感触が心地よい。
晶: 本当だ、気持ちいい……!さっぱりした麻みたいな感じですね。
ファウスト: 僕が子供の頃に手に入る布は、こういう手触りのものが多かったんだ。
ファウスト: といっても、布地は貴重で、滅多に手に入らなかったが。家族で大切に分け合って使っていた。
そう言って、生成り色の生地を見つめるファウストの瞳は、とても穏やかだ。
彼の子供の頃――。それは、『中央の国』がまだ存在もしていない、遥か遠い昔。
生成り色の生地でつくったシーツに包まれて、一日を終えて。
生成り色の生地でつくった衣服に身を包んで、一日を始める。
そんな日々の思い出が、この目の前の生地から、伝わってくるような気がした。
ファウストは、手にした生地をぬいぐるみくらいの大きさに丸めると、できあがりを想像するように、それを眺める。
ファウスト: うん。やっぱりあえて、淡い色合いの生地にしてみるよ。
ファウスト: 万が一、この子に汚れがついたときにも気づきやすいしな。すぐにきれいにできるだろう。
ホワイト: きゃ〜! ファウストちゃんってば、『この子』って言った!
ホワイト: かっわいい〜。面倒見のいいお兄さんだね〜。
ファウスト: 違う、ものは丁寧に扱いたいだけだ。
カイン: わかるぞ。せっかく自分で作るなら、大事にしてやりたいよな。
ミスラ: ふーん。俺ならもっとかっこいいやつを選びますけどね。
クロエ: ミスラはどれを選んだの?
ミスラ: これです。ドクロ柄が一番かっこいいに決まってます。
ホワイト: ほほほ。そなたらしいのう。
ホワイト: フィガロちゃんは何にしたの?もう選べた?
フィガロ: うーん、そうですね……。
そう言ってフィガロは、生地の山の中から、すっと一枚の布を手に取った。
フィガロ: 俺はね……。やっぱりこれにしようかな。
フィガロが選んだのは、洗い立てのシーツみたいに、真っ白な生地だった。
同じ白系の色でも、ファウストの選んだ生成り色とは、また違う味わいだ。