Chapter 6
どうか天国に花が流れて
シャイロック: 熱心に花を眺めていらっしゃいましたね。……フウィルリンに?
晶: はい。でも、どの花もぴんとこなくて。
晶: ……私、フウィルリンのこと、ほとんど知らないままだったから……。
シャイロック: …………。
シャイロック: ……では、あなたが一番好きな花を差し上げてはどうでしょう?
晶: 私の好きな花?
シャイロック: きっとフウィルリンも、あなたのことをもっと知りたかったはずですよ。
シャイロック: 友人だったのですから。
フウィルリン: 一晩だけの友達になってしまったな。
フウィルリン: だけど、おまえたちが好きだ。
フウィルリン: 出会えて良かったよ、晶。
晶: …………。
じわじわと、胸が熱くなる。
私は一本の花に手を伸ばした。
指先がほんの少し震える。
シャイロックは何も言わず、優しい星影のように、私にじっと寄り添ってくれている。
晶: これにします。
シャイロック: 美しい白百合ですね。お好きなのですか?
晶: みんなの紋章の花なので。本当は、黒がよかったんですけど。
晶: ……何かが、少しでも違ったら。賢者の魔法使いのみんなを、フウィルリンに友達だと紹介したかったんです。
シャイロック: 賢者様……。
晶: フウィルリンにも、スノウやホワイトにも、色んなことがあったのはわかってます。
晶: フウィルリンが力を貸したバルタザールと、シャイロックにも……。
シャイロック: …………。
晶: だから、フウィルリンにとっても、みんなにとっても、相容れない部分はあるだろうけど……。
晶: それでも、私にとっては、みんな、大事な友達なんだって。
晶: そう紹介して……。すぐじゃなくていいから、いつか、みんなで、仲良く……。
晶: ……。子供っぽい夢かもしれませんけど……。
シャイロック: いいえ。素晴らしい夢ですよ。
シャイロック: かけがえのない友情を結べたのですね。
シャイロックが、百合を持つ私の手に、そっと自分の手を重ねた。
なめらかな彼の手のひらは、絹のように優しかった。
触れられた場所から、潮風みたいな不思議な熱がさあっと駆け抜ける。
晶: わっ……。
シャイロック: この花が波にのまれないよう、祝福の魔法をかけました。
シャイロック: あなたの想いが、海の果てまで流れて、天国の友の元に辿りつきますように。
成熟した果実に似た、穏やかで豊かな紅の瞳に、私は小さく頷いた。
買った白百合を、萎れさせないように、優しく胸に抱く。
百合に場所を譲って、サクちゃんが私の頭の上に登った。
その拍子に髪の毛が鼻をくすぐったのか、ぷしゃん! とくしゃみっぽいものをする。
私はシャイロックと顔を見合わせて、少し笑った。
笑うことができた。
兄弟らしい、小さな子供たちが、はしゃぎながら足元を駆け抜けていく。
彼らの髪に絡まった花びらに、波間に流れていった花輪を思い出す。
晶: (……ルチルには、誰かが声をかけたかな)
晶: (やっぱり、フィガロやレノックスも、一緒に来てくれたらよかったのに……)
ルチル: …………。
ルチル: ……父様……。母様……。
オズ: …………。
ルチル: わあっ、オズ様!?びっくりした!!
ルチル: 急にどうなさいました? アーサー様は?なんで、お顔が少し青ざめて……。
オズ: 何故。
ルチル: え?
オズ: 何故、人間と結び、子を持った?
ルチル: えっ!?
オズ: 守るものを増やせば、奪われるものも増える。
オズ: 己の力が及ばぬところで、失うかもしれぬものを。
オズ: それでも、耐えられるものか?
ルチル: あの……。
オズ: あるいは、知っていたのか。
オズ: 奪われると知ってなお、手放さずにいる術を。
オズ: ならば……。
ルチル: あの、オズ様!落ち着いてください。
ルチル: 私はルチルです。チレッタの長男の。
オズ: 知っている。
ルチル: あれっ、ご、ご存じだったんですね。じゃあ、どうして……。
オズ: おまえはチレッタの息子で、魔法使いだ。
オズ: おまえならば、わかるのではと思った。
ルチル: 何をですか?
オズ: あの者が、何を信じたのか。
ルチル: 母様が信じたこと……?
オズ: ……、違うかもしれない。何を信じて……おまえたちを、残したのか。
オズ: あるいは……。……なぜ、失うと知りながら……。
ルチル: ……。
オズ: ……。
オズ: ……おまえの母は幸せだ。
ルチル: …………。
ルチル: どうして、そう思うんですか?
オズ: 何もかもを、失わずに済んだ。
ルチル: …………。
ルチル: 失った側は……置いていかれた側は、たまったものじゃないですよ。
ルチル: 父様もそうです。まだまだ働き盛りの年だったのに。
ルチル: 魔女の夫で、魔法使いの父親だから、世界一長生きな人間にならなくちゃって、言ってたのに……。
オズ: …………。
ルチル: ……すみません。困らせて。
ルチル: なんだか……うまく、楽しい気持ちになれなくて。笑うの、得意なんですけど。
オズ: その必要はない。
オズ: それがおまえの心ならば。
ルチル: オズ様……。
オズ: フィガロとレノックスを招くか。
ルチル: ……いえ。でも、ありがとうございます。
オズ: そうか。
オズ: ……。…………。
オズ: 《ヴォクスノク》
ルチル: うわあ!?えっ、ここどこ? 大通り?
オズ: これを。
ルチル: わっ!銀貨がいっぱい……。
オズ: あそこにアイスの店がある。
オズ: 好きなものを買ってきなさい。
ルチル: え……。あ、アイス?
オズ: そうだ。子供は好きだろう。
ルチル: 好きですけど……。つまり……。
ルチル: (美味しいものを食べたら気分転換になると思って、私を連れてきてくださったのかな?)
ルチル: (すごいや……。私、世界最強のオズ様にご心配いただいて、アイスで元気出しなさいって言われてる……)
ルチル: ……ふふふ!ありがとうございます。ちょっと大きいやつを買ってもいいですか?
オズ: 一番大きいものにするといい。遠慮するな。
ルチル: わーい。
屋台の店員: お、おい!あそこの兄ちゃん……。
屋台の店主: あっ!さっきの大風の魔法使いだ!
花屋の店主: お兄さん、もう魔法はよしとくれよ!盛りのうちに散ったら、花がかわいそうだろう。
ルチル: オズ様、魔法で大風を起こしたんですか?何かあったんですか?
オズ: ……何も。
ルチル: あっ……もしかして、アーサー様と喧嘩なさったとか?それで、空間移動で海に?
オズ: …………。
ルチル: …………。
ルチル: ……すごく大事な人でも、心が噛み合わない時だって、ありますよね。
ルチル: でも、後でアーサー様にもアイスを買って、仲直りしてください。
ルチル: 置いていかれた方は、寂しいです。
オズ: ……。
オズ: …………。
珊瑚色の夕焼けが、花びらのような淡い紫に変わった頃。
私たちは再び浜辺に集まった。
ルチル: 賢者様。お花、買えましたか?
晶: 買えました!ルチルは、木陰でゆっくりできましたか?
ルチル: はい!それから、オズ様にアイスを買ってもらっちゃいました。
晶: えっ、オズに?
ルチル: ふふふ、オズ様に。美味しかったです!
晶: (どういう経緯だったんだろう……。でも、ルチルも元気になってよかった)
微笑んだ時、遠くでまた、鐘が鳴った。
風が雲を流して、淡い紫の空が、ゆっくりと深い藍へと変わっていく。
夜が来た。
晶: わっ……!
その瞬間、水面が花畑に変わったみたいに、波間の花がぶわっと増えた。
花の香りを含んだ、湿った風が吹き抜ける。
昨夜よりもはっきりと、声が聞こえる。
大切な、二度と聞けなかったはずの声。
フウィルリン: 晶。
晶: ……フウィルリン……!
カインとファウストが、静かに花ざかりの島を見つめていた。
両親が帰ってきたルチルも、じっと、同じ方角を見つめる。