Chapter 5

どうか天国に花が流れて


: (ルチル、急にどうしたんだろう?)

: (なんだか今、様子がおかしかった。一緒にいた方がいいのかな)

: (……でも……)

: (ひとりになりたいんじゃないかって気もする……)

: …………。

: ……あの、私、ひとりで花を買いにいってみたいです。

: あの大通り、私の感覚だと治安は良さそうだなと思ったんですけど、ルチルから見てどうですか?

ルチル: 魔法舎の近くの市場と同じくらいか、もっとのんびりしてるかなって思いました。

ルチル: でも、お買い物に行きたいなら、私、お供しますよ。

: いえ。今日は……その、ちょっと冒険したい気分なんです。

: サクちゃんもしっかり抱っこしていくので、守護の魔法をお願いできませんか?強めに!

ルチル: ……。賢者様……。

言い張る私に、ルチルが少し目を見開いた。

それから、ゆっくりと微笑んで、宝物に触れるように、私の手を包み込んだ。

ルチル: 《オルトニク・セトマオージェ》

ルチル: ……はい、これで大丈夫です。

ルチル: 財布に用心して、何かあったらすぐに戻ってきてくださいね。

: はい、気をつけます。

: ……ルチルも。何かあったら、すぐ呼んでくださいね。

ルチルは笑って頷いた。

潮風が金色の髪をさらう。

世界に祝福されたような、あたたかな陽だまりの色。

涙も寂しさも似合わない。

それでも、彼は5歳で母を失い、10歳で父も失った。

二つの花輪が、風に押されて、沖合に流れ去っていく。

誰も辿り着けない花の島。

天国は、明るくて、美しくて、寂しい。

アーサー: わあっ!この辺りも、屋台が賑やかですね。

アーサー: 見てください、オズ様。花屋がこんなに!

オズ: 果物の飴も売っている。奥にはアイスの屋台も。

アーサー: 本当ですね!美味しそう!

オズ: 私の魔法で、ここまで招き寄せてやろう。

アーサー: お気持ちは嬉しいですが、店主たちが驚いてしまいます。

アーサー: せっかくの機会です。美しい花を楽しみながら、店を回りましょう。

オズ: わかった。

アーサー: それにしても……。死者の声が聞こえる、だなんて。私たちには、聞こえませんでしたね。

オズ: 死者の声ではない。

アーサー: ……。やはりそうですか。では、あれは……。

おじいさん: ――モナ! 花屋のモナ!なあ、聞いとくれよ!

おじいさん: 昨日の夜、連れ合いの声が聞こえたんだ。天国から帰ってきたのかもしれん!

アーサー: …………。

花屋の女性: あらまあ……。あんたのやつれ顔があの島から見えて、心配で戻ってきちまったんじゃないかい。

おじいさん: そうかもなあ。あいつがいないとどうも飯が美味くないんだが、これからは、きちっと食わなくっちゃ。

花屋の女性: 本当だよ。ほら、お花、安くしてあげるから。ちゃんと食うから心配するなって、流してきな。

おじいさん: ははは、わかったよ。じゃ、あいつの好きな、桃色のやつをおくれ。

花屋の女性: はいよ。

アーサー: ……。皆、故人を思って、花を買っていくのですね。

オズ: そうだな。

旅行客: ――……長居してごめんなさいね、店主さん。どうしても、どの花にするか決められなくて。

旅行客: あの子は、二度目の春も迎えられなかったから。花が咲くところを、ほとんど見たことがないの。

旅行客: だから……っ、好きな花も、わからなくて……っ。

旅行客: ……っ、ごめんなさい、こんな話……。

花屋の店主: いいんだよ、お母さん。ゆっくり考えて、選んであげるといい。ゆっくりでいいからね……。

アーサー: …………。

オズ: アーサー?

アーサー: いえ……。……あ。

アーサー: オズ様、ご覧ください。あそこの花屋に、ナナシバナに似た花がありますよ。

アーサー: 『オズ』の花に似たものは……、さすがになさそうだな。

アーサー: ああ、でもこの花は少し――。

オズ: 待て。なんの話をしている?

アーサー: ……私の、好きな花の話を。

オズ: なぜ。

アーサー: 先ほどの店に、花を選んでいる母親がいたでしょう。先立ってしまった子のために。

アーサー: 好きな花も、わからなかったと。

オズ: ……。

アーサー: だから……。

アーサー: ……本当に、万が一の話ですが。私が……。

オズ: 黙れ。

アーサー: ……っ。

観光客: うわっ、なんだ!?

小物屋の店主: あ、あの魔法使いを中心に、ものすごい風が……!

花屋の店主: あんた、やめとくれ! 花が散っちまう!

アーサー: オズ様、どうか落ち着いてください。皆が怖がって……。

オズ: おまえの好きな花など、知る必要もない。

オズ: 知りたくもない。

アーサー: オズさ……。

オズ: この話はしない。

アーサー: あっ!

アーサー: ……消えてしまわれた。お気を悪くされただろうか。

アーサー: ……でも……。

カイン: ――アーサー!

アーサー: カイン……。

カイン: 大丈夫か?今、オズが魔法を使ったろ。

アーサー: ありがとう、大丈夫だ。私が少し、話し方を間違えてしまって。

カイン: 本当に?オズが困ったことをしたなら、ちゃんと言えよ。俺からも話してみるから。

カイン: あいつのことは尊敬しているが、コミュニケーションをすぐサボるだろ。おまえ相手だと、特に甘えて、手を抜いてる。

アーサー: あはは。オズ様が甘えてくださっているなら、私も鼻が高いな。

アーサー: ……ところで、カインは花を買いにきたのか?

アーサー: 昨夜、声が聞こえたという、中央の双子の魔女やニコラスのために……。

カイン: まあな。なんというか……うまく言えないが、せっかくの機会だと思って。

アーサー: 何の花を買ったのか、聞いても構わないか?

カイン: もちろん。魔女たちにはヒヤシンス、ニコラスにはライラックにしようと思ってる。

カイン: それぞれ、故郷に咲いてたって花と、騎士団の宿舎のそばに咲いてた花だ。

カイン: 好きかはわからないが……。ま、『懐かしいな』とは思ってくれるだろ。

アーサー: そうか……。……そうだな……。

アーサー: …………。

アーサー: カイン、頼みがある。

カイン: ……。この身を賭して叶えましょう、殿下。

アーサー: ありがとう。でも、畏まらないで、どうか……。

アーサー: どうか、私の最も親しい友として、聞いてくれると嬉しい。

: (どの花も綺麗だけど……、いっぱいありすぎて迷うな)

抱っこしているサクちゃんが、首をぐっと伸ばして、紫の花の香りを嗅ぐ。

その頭をそっと撫でながら、私は村の大通りを歩いていた。

探しているのは、フウィルリンのための花だ。

: (なんか、どれを見てもこれだって思えないんだよな)

: (どの花を贈ったら、フウィルリンは喜んでくれるだろう)

その姿を、瞼の裏に描く。

彼は海そのものみたいだった。

銀色の髪を靡かせて。威厳のある、でも少し幼い瞳を、楽しげに笑ませて。

私を『賢者』じゃなくて、『晶』と呼んだ。

友達だった。

: …………。

: どの花がいい?

声に出して、私は待った。

のどかな南の国の大通りは、喧騒までのんびりと優しい。

風がかすかに吹き抜ける。青っぽくて甘い、花の香り。

腕の中、二代目のサクちゃんが、人形らしい従順さで抱かれている。

誰も答えない。いつまで待っても。

: (……そうだよな。ご両親と喋れるルチルがすごいんだ)

: (私たちは、一晩だけの友達だったし……)

トルタディコッコも一緒に食べられなかった。

約束したのに。

: ……。

: (……やっぱり、誰かと来ればよかったかな……)

シャイロック: ――おや、賢者様?お買い物中ですか。

振り向くと、雑踏の中にシャイロックがいた。

私はほっと息を吐いた。

真夜中に、蝋燭の火を見つけたような気持ちだった。

明るすぎず、ささやかで、けれど確かな熱を持って、私に寄り添ってくれる人。

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