Chapter 3

どうか天国に花が流れて


シャイロック: では、そろそろ陽も沈みますし、夕食をとって、早めに宿に入りましょうか。

ルチル: はーい……あ、そうだ!今のうちに、皆さん、ちょっと失礼しますね。

ルチル: ぐーっと、集中して……《オルトニク・セトマオージェ》!

アーサー・カイン: おお!

スノウ: バカンスの服じゃ!おしゃれ~!

: 涼しげで素敵ですね!これ、どうしたんですか?

ルチル: クロエがくれたんです。前に、天国の浜辺を題材に作った服があるから、よかったらみんなで着てって。

ルチル: 誰かのをうっかり忘れたら嫌だなあと思って、22人分全部持ってきたんですけど、大正解でしたね!

カイン: 大正解だったな、ブラッドリー。

ブラッドリー: まあ、いつもの服じゃ、フードにビーチの砂が溜まるしな。

シャイロック: こんなに素敵な服で、旅を楽しめるとは。クロエに感謝ですね。

アーサー: ああ!お土産をたくさん買って帰らなければな。

ルチル: じゃあ、今日は晩ご飯を食べて、ゆっくり休んで……。

ルチル: 明日から思いっきり楽しみましょう!

ファウスト: ふう……。宿は静かだな。大通りは、南にしては賑やかだったが。

ファウスト: (オズやシャイロックを差し置いて、僕が唯一のひとり部屋をもらえるとは……)

ファウスト: (僕の奇妙な傷の話はしていないが、年長の魔法使いたちは察している気もする。気を遣わせたか?)

ファウスト: (いずれにしても、ありがたい。夢の結界の準備を……)

ファウスト: …………。

ファウスト: ……、え?

アーサー: やった! オズ様とカインと同室だ!大好きな二人と一緒で、わくわくしてしまうな。

カイン: よろしくな、アーサー、オズ!さて、この三人で同室になったからには、やることは山積みだぞ。

カイン: まず、誰がどのベッドで寝るか決めるだろ。体を清めに行く順番も決めて、明日起きる時間も決めて、それから……。

アーサー: それから?

カイン: 枕を投げる!それ!

アーサー: わー!それ!

オズ: まずはベッドを決めるのではなかったのか。

オズ: ……、……。

アーサー: オズ様?外に何か?

カイン: 窓に枕を投げるなよ。危ないから。

オズ: 投げない。大したことではない。

カイン: ならいいが――、……っ?

アーサー: カイン?おまえまで窓を見て、一体何が……。

カイン: ……、いや、なんでもない。多分、何かの勘違いだ。

カイン: ただ……。

カイン: ……声が……。

ブラッドリー: てめえと同室かよ、西のパイプ飲み。

シャイロック: ええ。数夜、お供させてくださいな。

シャイロック: ファウストは、眠りに関して悩みを抱えている様子です。二人部屋はかわいそうでしょう。

シャイロック: スノウ様は、夜になったら、絵の中のホワイト様とこちら側で合流なさるとのことでしたし。

シャイロック: ということで、夜になっても特に悩みがない私とあなたで、同じ部屋です。

ブラッドリー: ま、そこに文句はねえけどよ。北の大盗賊様と、ベネットの酒場の店主が、数晩過ごすってのがな。

ブラッドリー: 帰る頃にゃ、俺様とてめえを題材に、吟遊詩人が艶歌を歌ってるかもしれねえぜ。

シャイロック: ふふ。悪名高き死の盗賊団のボスを籠絡したと噂になれるなら、光栄ですね。

ブラッドリー: 言うじゃねえか。……、……。

シャイロック: ブラッドリー?

ブラッドリー: ……いや。なんでもねえ。

ブラッドリー: くしゃみが出かけただけだ。

: 屋台のご飯、美味しかった~。食べすぎた……。

: サクちゃんもずっといい子にしてて、えらかったね。

サクちゃんを抱っこしたまま、私はベッドにごろんと寝っ転がった。

隣には、空のベッドがもうひとつ。

同じ部屋になったルチルは、海風に当たってから帰ると、浜辺に寄り道をしていた。

: (ルチル……。屋台でも、特に変わったところはなかったと思うけど)

それでも、フィガロたちの言葉が胸に残る。

目を閉じて、海の音を聞いていると――。

???: 晶。

: ……っ!

私は飛び起きた。

一瞬だけ鼻をひくつかせたサクちゃんが、興味を失って毛繕いを始める。

: 今の……。

懐かしい声が聞こえた。海の方から。

慌てて窓を開け放ち、夜の闇に身を乗り出す。

遠く、優しく、海が轟く。

その音が、記憶を誘う。

穏やかな波と海鳥が戯れる、美しい白砂のビーチ。

半分に割ったトルタディコッコ。

私たちの下で、飛ぶように過ぎ去った夕暮れの水面。

水の流れみたいに靡く、綺麗な銀髪。

: ……。もう聞こえない……。

: (でも、さっき、確かに聞こえた)

: ……フウィルリンの声……。

ルチル: 綺麗な海だなあ。夜になってもあったかい。

ルチル: ……。

ルチル: ……『坊やが二十になったなら、老いた僕を坊やが抱いて、今日のように、波打ち際に来よう』

ルチル: (母様。大好きな詩の通り、二十になったルチルが来ましたよ)

ルチル: (……父様のせっかちさん。私が二十になる前にそっちに行っちゃったら、あの詩、再現できないじゃないですか)

ルチル: ……。

ルチル: ……父様と母様が暮らす、花ざかりの島……。

ルチル: ……、っ!

ルチル: 今……気のせいじゃないよな?海から、弱いけど、厄災の気配が……。

ルチル: ……、っ、え?嘘っ……。

ルチル: 父様? 母様……?

ルチル: ……まさか、厄災の力で……?

スノウ: つまり……。そなたらは昨夜、死者の声を聞いたと?

ファウスト・カイン: ああ……。

: フウィルリンの声が聞こえました。一回だけだったし、気のせいかもしれませんけど……。

シャイロック: 賢者様……。

ルチル: 私は今も聞こえています。父様と、母様の声です。

ルチル: 波音みたいに、大きくなったり、小さくなったりしてますけど。

オズ: ……おまえは、両親ともにこの地に縁があり、南の精霊に愛されている。

オズ: 今回の異変に、感応しやすいのだろう。

: だからルチルだけ、ずっと声が……。

スノウ: おそらくな。しかし、ううむ……。

スノウ: 我も、昨晩、海から妙な気配は感じた。しかし、声は特にのう……。

スノウ: 今朝帰っていったホワイトも、何も言っておらんかった。

オズ: 私も聞かなかった。厄災の気配だけだ。

シャイロック・アーサー: 私も……。

ブラッドリーは黙ったままだったけれど、否定するようにひょいと肩をすくめた。

血の色の瞳に、弔い用の白い花が映り込んで、弱く揺れている。

村の人たち: ――おおい、おおーい!

村の人たち: ここに、雲の街のルチルっていう魔法使いはいるかーい。

村の人たち: いたら返事をしてくれー!

シャイロック: おや、村の方々がこちらに……。

ファウスト: ここにいるルチルを探しているのか?

アーサー: 南は魔法使いが頼られる土地柄だ。困り事があるのかもしれない。

ルチル: 聞いてみましょう。――おーい! こっちこっち!私が雲の街のルチルですー!

村の人: おお! いたいた!

村の人: よかった、見つかったぞ。みんなー、こっちだー!

ルチル: 皆さん、こんにちは!私にご用事ですか?

村の人: ああ、急にすまないな。ハンサばあさん……うちの村の魔法使いから、あんたのことを聞いてね。

ルチル: ああ、ハンサさん!フィガロ先生の伝手で、文通してました。

村の人: そうそう、その人だ!で、実は、昨日の晩にちょっと変なことが起きてさ。

村の人: 海の方から、死んだ家族や友達の声が聞こえたんだ。

魔法使いたち・晶: えっ……。

村の人: あたしは聞こえなかったんだけどね。でも、うちの人は、大昔に亡くなった義姉さんの声がしたって。

村の人: ちらほら、そんな話をするやつがいて、こりゃ変だぞ、ってなったんだよ。

村の人: で、さっきハンサばあさんに相談に行ったんだが……。

村の人: 『あたしの魔法じゃどうにもできない。フィガロ先生んとこのルチルが来てるはずだから、頼るといいよ』って。

村の人: あんた、悪いけど、何が起きてるのかちょっと調べてくれないかい?

ルチル: もちろん!ここにいる賢者の魔法使いの皆さんとも、ちょうど、その話をしてたところです。

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