Chapter 1

どうか天国に花が流れて


眩い光が部屋に満ちる昼下がり。

談話室では、二つのグループがのどかな時間を過ごしていた。

それぞれの授業について、相談したり、おかしなハプニングを語ったり、愚痴兼自画自賛をしたりしている先生組。

その横で、私を含む若者組が、ルチルお手製のハーブティーを飲みながら、他愛無いおしゃべりに花を咲かせていた。

サクリフィキウム: …………。

: サクちゃん?どうしたの?

ルチル: 何もないところをじっと見つめてますね。

アーサー: ……いや。何もないのではなく、これは……。

ルチル・晶: わっ!

サクちゃんの視線の先で、突然、ぽんっと空気が弾けた。

花びらを散らしながら、一通の封筒がルチルの膝に落ちてくる。

アーサー: 魔法の手紙だ、と言いたかったのだが、一足遅かったな。

カイン: 南の国から来たみたいだ。少しフィガロの気配もするが……。

ルチル: 南、フィガロ先生……。あっ、もしかして!

ルチルがパッと顔を輝かせて、いそいそと封筒を開けた。手紙を取り出すと、嬉しそうに笑みを溢す。

ルチル: ああ、やっぱり!『天国の浜辺』の近くに住む魔法使いさんからのお手紙です!

カイン: 天国の浜辺……。もしかして、花を流しに?

ルチル: はい。フィガロ先生のお知り合いに、『鐘』が鳴ったら教えてってお願いしていて。

アーサー: そうか……。

: ……?あの、天国の浜辺ってなんですか?有名な場所なんですか?

スノウ: 南の国のビーチじゃ。その名というより、その存在が有名、と言ったところか。

スノウ: 高名な詩や歌や劇で、幾度も題材にされてきた、不思議な現象の起こる土地でのう。

隣のテーブルから、スノウがにゅっと顔を突き出した。

はしゃぐルチルの声が聞こえたのか、先生役のみんなも、優しい目でこちらを見ている。

スノウ: その浜辺から沖合を見ると、時折、花ざかりの島が見えるのじゃ。

: 時折?じゃあ、見えない時もあるんですか?

ファウスト: むしろ、ほとんど見えないらしい。見えるのは月に一、二度、数時間程度だと。

ファウスト: 稀に見えている時でさえ、船でも、箒でも、決してその島には辿り着けない。

: 見えてるのに、辿り着けない……。幻ってことですか?

シャイロック: おそらくは。その奇妙さから、地元では、このような言い伝えがあります。

シャイロック: 『あの島は天国であり、死者が暮らしている』、と。

: ……天国……。

まるでおとぎ話のような、美しい祈りがこもった言い伝えだ。

私は腕の中のサクちゃんを抱きしめる。

二代目になったサクちゃんは、相変わらず柔らかくて、ほのかに温かい。

シャイロック: とても気まぐれな島ですが、年に一度、今くらいの時期に、島が消えなくなるんです。数日から数週間程度と、幅はありますが。

シャイロック: その期間は、島の出現を知らせるように、どこからともなく鐘の音が鳴り続けます。

シャイロック: そして、鐘が途絶えると、島もまた元のように消えてしまう。

: じゃあ、その鐘と島は関係があるんですね。何かの魔法なんですか?

シャイロック: さあ、わかりません。冥府の番人が、死者の世の門扉を開け、鐘を鳴らすのだという物語が有名ですが。

カイン: 俺は、太古の魔法使いの術だっていうバラッドを聞いたことがあるな。

カイン: 天国とこの世を繋ごうとして失敗した、禁術の名残だって。

スノウ: ほほほ。古代文明の者どもが、今は滅びた技術で、異次元に島と鐘楼を築いたという古い劇もあるのう。

スノウ: 我らがかなり若い頃……、南にほとんど人間がおらぬ時代から、気ままに現れる島と、鐘の噂は流れておった。

スノウ: 今の世で、その真相を知る者は、もうおるまい。

: ……不思議だなあ……。

ルチル: 本当に。あの島は天国だって言い伝えができるのも、わかる気がしますよね。

ルチル: その言い伝えに則って、天国の浜辺には、独特のお弔いの風習があるんです。

ルチル: 花ざかりの島が……天国が現れている間、海に弔いの花を流すんですよ。

ルチル: 天国のあの人に届きますように、って。

: へえ。海を花が流れていくなんて、きっと、すごく綺麗でしょうね。

カイン: ああ。だからこそ、その浜辺や弔いの風習が、しょっちゅう詩や物語の題材になってるのさ。

ファウスト: むしろ、多くの者にとっては、『物語上の美しい風習、美しい場所』だろう。僕も若い頃はそう思っていた。

ファウスト: 南の国の開拓が進み、往来が少し楽になってからは、旅人も増えたと聞くが……。

アーサー: ああ。鐘が鳴る時期は、旅人が弔いや観光に訪れるそうだ。他国から来る者もいるらしい。

: (私の世界でいう、お盆とか、メキシコの死者の祭りみたいな感じかな?弔い兼、風物詩兼、観光名物、みたいな……)

ルチルがふと、懐かしそうに目を細めた。

故郷の家から持ってきたという、少し古びたティーカップの縁を、指で優しく撫でる。

ルチル: ……父様も、母様が亡くなった年、鐘が鳴る時期に出かけていきました。フィガロ先生やご近所さんに勧められて。

ルチル: 母様が好きな、有名な詩があったんです。奥さんを亡くした旦那さんが天国の浜辺に行く、題名のない短い詩で……。

シャイロック: 『天国は遠いので』で始まる詩でしょうか。私も好きですよ。

スノウ: ルチル先生!朗読して~!

ルチル: あはは、じゃあ、詩人気分で。……ごほん。

ルチル: 『天国は遠いので、僕は花輪を編もう。白い花をたくさんと、薄桃の花を一輪』

ルチル: 『花輪が島に着いたら、きっときみは髪を解いて、あの日のように、はにかむだろう』

ルチル: 『天国は遠いので、僕は子供を抱こう。小さく可愛い、僕たちの坊や』

ルチル: 『坊やが二十になったなら、老いた僕を坊やが抱いて、今日のように、波打ち際に来よう』

柔らかく、声が途切れる。

私たちは心を込めて、小さな拍手をした。

: (奥さんを愛してるって気持ちが溢れてる、素敵な詩だったな。でも……)

: (……だからこそ、すごく、切ない詩だ……)

シャイロック: 何度聞いても、胸に迫りますね。

スノウ: そして、チレッタの夫は、この詩に準えて弔いの旅に出たのじゃな。なんとも、ロマンチックではないか。

ルチル: ええ。私とミチルを先生に預けて、この詩の通りに花輪を流しに行ったって聞いてます。

ルチル: だから、二十歳になったら、今度は息子の私が天国の浜辺に行こうって、前から思っていたんですよね。

カイン: 親父さんの旅を、ルチルが受け継ぐんだな。

アーサー: ご両親も、きっと喜ぶだろう。

ルチル: そうだといいな。……ということで、しばらく留守にしますね。

: わかりました。こちらのことは気にせず、ゆっくりしてきてくださいね。

ファウスト: ……。だが、ルチル、大丈夫なのか?

ルチル: 何がですか?

ファウスト: 僕の知る話だと、少し早い時期に到着するように旅立ち、鐘が鳴り出すのを現地で待つのが一般的なはずだ。

ファウスト: だが、今年、既に鐘は鳴っているのだろう?今から行って間に合うのか?

シャイロック: それは、私も少々気になりました。優しいあなたのことですから、緊急の任務が入るかも、と慮ったのでしょうが……。

スノウ: ミスラの手を借りるのか?あやつもチレッタとは縁があるしのう。

ルチル: ええと……。ミスラさんはあんまり、この風習にぴんときてないみたいで。

ルチル: 『ええ、空間の扉? 嫌ですよ。帰りも送らなきゃいけないんでしょ』って。

ファウスト: ミスラの真似、似てるな……。

ルチル: でも、父様を連れていったレノさんが、雲の街から箒で五日だって言っていたので!私なら、四日くらいかっ飛ばせば行けます!

: 箒で四日もかっ飛ばす!?そ、それ、だいぶ無茶じゃ……。

カイン: それに、鐘の期間が短い可能性もあるだろ?移動に四日も食われるのは痛いぞ。……なあ、アーサー。

アーサー: そうだな、カイン。……ルチル、オズ様にご助力をお願いするのはどうだろう?

ルチル: オズ様に?

アーサー: ああ。オズ様も、ルチルの母君とは知己だったと聞いている。

アーサー: 相談すれば、力になってくださるはずだ。私からもお願いしておくよ。

カイン: 俺からも、軽く話を出しておく。酒の一杯でも差し入れながらさ。

ルチル: まあ……!それなら、オズ様にお願いしてみます。お二人とも、ありがとうございます!

アーサー: 代わりに、もし天国の浜辺に行けたら、土産話をたっぷり頼む。

アーサー: 様々な物語や詩で読んだ、美しい風習……。実際はどんな様子なのか、一度、本物を知る者に聞いてみたかったんだ。

ルチル: もちろ……。…………。

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